
縄文時代の遺物が採取された出ノ上遺跡です。写真の後ろのほうに社殿があります。中央に写っているお百度石から、10m手前にかけての範囲でよく採取されたそうです。
左に参道があります。進んで階段を降りると、県道718号線(旧国道250号線)に出ます。
海岸沿いを走る播磨サイクリングロードから青竜神社を撮影。中央の森が青竜神社の場所です。手前を流れるのは藤江川で、これをさかのぼっていくと藤江中尾古墳やカゲユ池古墳近くに出ます。
県道718号線ぞいにある青竜神社の鳥居。ここから階段を上ります。
階段の上から鳥居を撮影。神社がそこそこ高いところにあるのが判ると思います。
180度振り向くと社殿があります。写真右端にある白い標柱に「出ノ上遺跡」と書かれています。
最初、この標柱周辺が遺跡かなと思ったんですが、『明石市 藤江別所遺跡』の『付章:藤江出ノ上遺跡の縄文土器』を読んで違うことが判りました。
神社の階段を降り、道沿いに少し西に行ったところ。崖になってます。
『明石市史 上巻』の、「1 繩文・弥生の文化」には以下のような記述があります。
本市内では最近藤江・魚住町長坂寺の各地から繩文土器や石鏃が発見された。それは、兵庫県立明石高等学校二年生春成秀樹氏の努力によるものである。藤江では標高十四メートルの青竜神社から繩文土器および同時代の石鏃が発見された。
これが1985年に西八木海岸の発掘作業を行った、現在国立歴史民俗博物館の春成秀爾教授ですね。『付章:藤江出ノ上遺跡の縄文土器』を書いたのが春成氏で、1959年3月31日、高校一年生を終えた頃に採取したとのことです。この後明石を離れて岡山の大学に進まれましたが、26年後に明石人腰骨の問題を突き止めるために明石の地を発掘することになるとは考えてもいなかっ……、いやもしかしたら昔から考えていたのかも?