
「明石原人」腰骨発見地から東へ少々進んだところにある、アカシゾウの発掘地です。工事中で判りにくいですが、中央にある白い標柱に「アカシゾウ発掘地」と書かれてます。右下は播磨サイクリングロード、左下に少し文字が見えてる柱は、明石原人発掘地の方向を矢印で示しています。
この辺は昔から象の化石が出るらしく、漁師の網にかかってくることもあったそうです。明石原人祭り(いつからやってたんですか、そんなの)の催しでも化石が網に引っかかって出てきたというのを目にしたことがありますが、いつのことだったかちょっと判りません。
この標柱には以下のように書かれています。
昭和四十一年八月に、二百万年前のゾウの化石一頭分が発掘される。
アカシゾウは今は絶滅したステゴドン科に属する小型のゾウである。
ということで、ここは1966年に発掘された場所だったんですね。
1931年4月18日に腰骨を発見した直良信夫氏も、当時の西八木の海岸で1927年11月26日にゾウの臼歯の破片を、1930年には臼歯の大きな化石を発見してます。
標柱の拡大。崖には網のようなものがかかっているようにみえました。工事はここから東のほうにある八木遺跡公園まで伸びている感じです。
2004年12月11日撮影。崖の土が露出しています。
2002年10月2日撮影。工事が始まる前はこんなでした。崖と草むら。この標柱のすぐ横には階段状になってる小道があり、子供のころ時々通ってたことがありました。
実は1979年ごろ、中学生だった私はこの辺の地層を掘ってたことがあります。どの地層がどの年代なのかさっぱりわからなかったので友だちと適当に掘ってました。その時出てきたのは、骨じゃないけど骨みたいな形をしている固い土くれが十数本。何かの成分が集まって固まった鉱物という感じでしたが、どこに仕舞ったか忘れてしまいました。
2004年12月11日撮影。発掘地から少し西にかけて、地層がよく見える崖が見えます。写真より右にある青っぽい地層からは水が染み出ていました。このあたりは2006年1月現在もあまり変わっていないように見えました。
アカシゾウという名前があった時期もありましたが、その後他のいくつかの種類と同種とされ、一番最初に名付けられたアケボノゾウにまとめられました。ということで現在では「アカシゾウ」という名称はなくなってるそうです。
でもって2004年末現在やってる工事はなんの工事でしょうね。2004年12月23日に通った時は作業員3人ほどで小型のシャベルカーを使ってサイクリングロードを塞ぐ形で工事してましたが、警備員もおらず、作業員も周りを見てる様子でもなかったです。通る際に声を出してやっと気づいたようでしたが。