
明石市大久保町大久保町(おおくぼちょう おおくぼまち)にある住吉神社です。ここの広庭が古墳を崩したところという話があります。
『明石市史 下巻』に、市内の神社仏閣の由緒や祭神祭日等が書かれていますが、それによるとこの神社は天正16年(1588年)にできたんだそうな。その際に古墳を壊したんでしょうか。江戸幕府が始まる15年前?
鳥居の左手から見たところ。古墳があったことを示しそうなものはなにもありません。あったら私が今参考にしている本に書いてるはずだし。
北側から撮影。人がいないので寂しい感じ。実はこの神社の西側には昔社宅が並んでたんですけど、この日行ったら建物は一つもなく整地されてました。家がなかったので寂しく感じたのかもしれません。
神社の西側。茶色いマンションの奥にみえるマンションは、昔JR大久保駅の南にあった神戸製鉄所の工場跡に立っているマンション群です。「ゆりのき通」という、脱力しそうな地名になってます。地名は記号じゃなくて歴史だと思いますので中身のない上っ面だけの名前は止めて100年後の子孫に対しても恥じない名称にしてほしいと思ったり。
下には谷八木川が流れており、そこからせりあがった台地の端に大久保町の住吉神社があります。中央やや右の奥には、木に隠れてみえませんが、下ヶ谷古墳があったとされる大久保小学校があります。
下では道路の工事が始まってました。この近くの田んぼでタナゴが泳いでいるのを見たことがあります。あとこの右手にJRの線路がありますが、その下の崖の一角に小学生のときの同級生の女の子が作ったペットの鳥の墓が昔ありました。いまもあるんだろうかと家に帰ってから思い出してみたり。