
西明石にある、明石市公設地方卸売市場の北側にある古墳です。周りに柵があって保存されてます。
1972年発行の『明石こそわがふるさと』、1973年発行の『特別地域埋蔵文化財 遺跡分布地図及び地名表』には載っていません。調査は1975年3月から4月に行われているので、73年から75年の間に古墳だということが判ったのでしょうか?
個人的には1999年に再び明石に戻ってきてここの事を知りましたが、「卸売市場内」と聞いてたので許可がいるのかなと思い、いままで行きませんでした。2004年12月8日に資料のことで市立文化博物館の方にその話をしたとき、うろ覚えですが、市場の中じゃないので許可はいらないと聞き、行ってみた次第です。
市場には西門や北門がありますが、確かに門をくぐって中に入るわけではありませんでした。北門の前の道を東へ少し歩いたところに古墳があります。
東側から見たところ。木が生い茂ってます。柵の外には桜とクスノキが植えられてました。ここは1974年くらいまでカゲユ池という溜め池だったところです。その頃私は小学校2年生ですが全然覚えていません。青池なら覚えているんですけどね。
柵から中を見たところ。木が結構茂ってまして、塚が崩れてます。元々こんな状態だったんでしょうか。木には鳥がかなりとまって鳴きまくってました。
1997年発行の『新明石の史跡』に載っているカゲユ池古墳の写真は、木が中心部に少し生えているだけで周りは綺麗に刈られています。いつの写真なんでしょう? 1989年発行の『中尾のすがた むかし・いま』には木が結構大きくなっているカゲユ池古墳の写真があります。
古墳の前にあった説明板。
2号墳から6号墳は、この1号墳からやや西に、南北に沿って並ぶようにあったようです。『明石市史資料(考古編)第4集』にはその位置図が、『新明石の史跡』にはこの池の話が書かれています。江戸時代に新田開発が行われ、溜め池ができましたが、カゲユ池もその一つでした。6基あった古墳のうち、タタリを恐れて残された1基が今残る1号墳との事です。池の東側に島となって残っていたようです。他の5基は池の真ん中を南北に伸びる堤の一部となったようです。
カゲユ池のすぐ南に三ツ池がありました。この2つの池が卸売市場工事のため1975年に埋め立てられています。現在の市場の殆どは元の三ツ池だったところのように思います。
近くにあったもう一つの説明板、というか柱。文字が消えかかってました。
古墳の北を走る国道2号線から見たカゲユ池古墳。中央の木が古墳に生えている木だと思います。
カゲユ池の名残と思われる「新池」の東側から撮影。目の前の道が右側へ曲がってます。曲がって真っ直ぐ行くと古墳につきます。
写真中央の建物か、その右手に伸びる道が、2号墳から6号墳の痕跡があった堤があった場所だろうと思います。
卸売市場の東側を南北に走る道と、新幹線の高架と交差するあたりから撮影。左に曲がると市場に入ってしまいますが、その脇の道を入っていきます。自動車工場がありますので左折すると古墳にいけます。国道2号線からだとちょっと行きづらそう。
新幹線の高架沿いを東へ(JR、新幹線西明石駅方向)歩き、坂を下ってまた登ると、藤江中尾古墳があったところに出ます。また、坂を下って海のほうへ歩くと、縄文時代の遺跡「出ノ上遺跡」がある青竜神社や、車輪石等が出た藤江別所遺跡に出ます。
堤があった場所(の近く)と思われる道を歩いてた時に見つけたネコ。人に慣れているようでした。あたりからは魚の匂いがしました。加工工場があるのかな。
国土情報ウェブマッピングシステムの昭和49年度の写真では中央やや下に、すでに埋められたカゲユ池が写っています。池の右側に丸く残っているのが1号墳と思われます。左に三角形で水が残っているような箇所がありますが、現在の新池だと思います。その間、「し」の文字のようになっているのが池の中にあった堤の跡だと思います。ここにそって2号墳から6号墳の痕跡があったそうです。