
『明石市史資料(考古編)第4集』を読んで初めて知った古墳です。明石公園の一番北に位置するあさぎり寮は、小学生の時泊まりに来たことがありますが(部屋に大きなムカデが出ました)、今でも市内の小学校は夏に泊に来るのかな。
明石駅からあさぎり寮までは、県立/市立図書館までの距離の倍くらいでしょうか。自転車で行くと楽です。徒歩だと少々疲れるかも。
あさぎり寮に入る手前に、公園の看板があります。その後ろの林の中に少しもっこりした場所がありました。本の位置図から見て間違い無さそうです。
ぶっちゃけた話、林の中の単なる盛り土という感じ……。
頂上に乗ってみました。多少削れていますが円墳っぽいなあという感じはします。
1973年発行の『特別地域埋蔵文化財 遺跡分布地図及び地名表』には載ってません。見つかった、あるいは古墳と認定されたのは80年代前半頃の話なのかも。
この古墳の西側、坂を下ると弓道場がありました。某ゲームにここが出てくる(明石の、と言うことじゃないんだろうけど)らしい……。公園内には似たような意匠の公衆便所もあります。
ついでに織田家長屋門も。某ゲームの主人公宅として出てくるそうな。明石まで来て取材したのかな。
アメリカ軍の空襲にも焼け残った武家屋敷の跡だそうで、門の前には説明板がたってます。ここの織田家は『新明石の史跡』によると織田信長の父の弟織田信康から始まる家系なんだそうな。家老職として働いてたみたい。